見ても食べても美味しいバスクのピンチョス(Pintxos)。
ピンチョスとは、いわゆるスペインの他の地域で「タパス」と呼ばれているものに非常に似ており、日本的にいえば「お酒のつまみ」。
ピンチョの始まりは、お酒好きならお分かりであろう、ただただお酒だけを飲むより、そこに何か塩味のある「つまみ」を嗜みながら頂いたほうが、美味しいし、ついついお酒が進んでしまいますよね。1940年代頃には、すでにバルでは常連客に、オリーブの実や、ピーナッツ、地元でとれたアンチョビなど、いわゆるちょっとした「お酒のつまみ」としてピンチョスが愛されていました。
そして、現在ピンチョを代表する「GILDA」が生まれたのもちょうどそのころ。1948年にサンセバスチャン国際映画祭で出品された映画「GULDA」。主演のアメリカ女優Rita Hayworthの弾けんばかりのグラマラスなスタイルと彼女の”Salada, verde y un poco picante”-青々しく、味わいがあり、ちょっと刺激的」なイメージから、現在も大聖堂近くに存在するバルVallesのオーナーが「アンチョビ、」オリーブの実、しし唐の酢漬け」を串刺しにした、有名なGILDAを考案したといわれています。
そもそもpinchosの語源をたどっていくと、スペイン語の”pinchar” ー刺す というところからきています。まさに焼き鳥をいただくときと同じ、楊枝に食材が刺さっていれば、フォークやナイフを使わずに、片手で手を汚さずに簡単にいただけますから、つまみとしては便利ですよね。
しかしながら、現在のサンセバスチャンの人気ピンチョは、上記にあげたようなベーシックなものはもちろんのこと、フォアグラのステーキ、牛肉のほほ煮込み、イカの鉄板焼き、牛肉ステーキ、、等々、実は串にも一切刺さっていないピンチョが増えてきたのです。
そういったピンチョに発展していった背景としては、1900年前半までは、バルのはしごをするのは、もっぱら仕事帰りの紳士のみで、ご婦人方は自宅で子育て・家事をしているという社会から、1980年頃からスペインの女性も社会に進出を始め、バルのはしごにも女性が顔を出すようになったのです。日本でも「女性が多いレストランは美味しいところが多い」なんて言うのを聞いたことがありますが、この女性客の集客するため、料理の盛り付けから、バルの雰囲気、そして味にもかなり磨きがかかったそうです。
そしてまさに同時期、現在バスクをここまで有名にしたといっても過言ではない”Nueva Cocina Vasca”-「新バスク料理」の運動が、現在のミシュラン3つ星シェフ Juan Mari Arzakや、Pedro Subijanaを中心にして始まったわけです。Nueva Cocina Vascaの運動の影響は、高級レストランだけでなく、このような庶民のバル文化にも広がり、今までの簡易な「お酒ののつまみ」から、「ミニチュア料理」として変貌を遂げたのです。
また、これらのピンチョスのバスク流の楽しみ方は“Txikiteo”もしくは”Poteo”と呼ばれる、所謂バルのはしご。昼食前、もしくは夕食前に気のあう仲間とバルに行き、ワイングラス一杯や、極小サイズの生ビール(zurito)をひっかけながら、ピンチョを1~2つ。しっかり座ってしまえば、足取りが衰えてしまうので、カウンターに寄りかかる程度。それが飲み終わったら次のバルへ。こうした昔からのバスクの習慣も、日本人にとって「たくさんのものをちょっずつ味見ができる」画期的な現代のピンチョススタイルが生まれたのです。